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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)379号 判決

甲事件控訴人・乙事件被控訴人(第一審被告) 久保裕

甲事件被控訴人・乙事件控訴人(第一審原告) 高田光雄

主文

第一審原告の本件控訴を棄却する。

第一審被告の控訴に基づき原判決中第一審被告の敗訴部分を取消す。

第一審原告の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

事実

第一審被告代理人は、第二一九号事件につき、主文第二ないし四項同旨の判決を求め、第三七九号事件につき控訴棄却の判決を求めた。

第一審原告代理人は、第三七九号事件につき「原判決中第一審原告の敗訴部分を取消す。第一審被告は第一審原告に対し、さらに六一二万三九八九円及び内金五八八万三九八九円に対する昭和四八年七月一一日から、残金二四万円に対する昭和四九年一月三一日から各支払ずみまで年五分の金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決を求め、第二一九号事件につき控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(第一審被告の主張)

原判決四枚目裏七行目の「同(三)(損害)の事実は不知」の次に「第一審原告は昭和四四年九月二七日交通事故により受傷した外、同四五年一一月七日には同じく交通事故により、外傷性頭頸部症候群の傷害をこうむり、その後遺症は労働者災害補償保険における障害等級九級の認定を受け、後遺症保険料の支払を受けている。従つて本件事故による障害等級を七級とすることが妥当であるとしても、それは加重傷害として、加重した限度においてのみ損害を算定すべきである。」と加える。

(第一審原告の主張)

原判決五枚目裏二行目と三行目の間に「三、第一審原告の答弁。右抗弁事実を否認する。第一審原告は右へ転回しようとして右折の合図をした上、第一審原告車をわずかに右へ向け停止し、右後方を確認しようとしたところを第一審被告車に衝突されたのであつて、第一審被告の主張するように、第一審原告が停止せずそのまま右へ転回したのであれば、第一審被告は時速約四〇キロメートルで走行中第一審原告車を八・二メートル前方に発見し、急ブレーキをかけ減速したのであるから、第一審原告車は第一審被告車の直前を通過しているか、少くとも第一審原告車がその右ステツプ及び前部右フオークの曲損をこうむることはありえない。また第一審原告が転回禁止規制に違反したとしても、本件事故からわずか三〇分もたたないうちに右規制は解除される時刻であつたし、そのころ転回する先行車があつたことからしても、第一審原告において、本件現場が転回禁止区域であることに気付かなかつたとしてもやむをえないことであつて、第一審原告には過失はない。」と加える。

(証拠)〈省略〉

理由

一、原判決事実摘示らん請求原因(一)、(二)の事実は、第一審原告のこうむつた傷害に関する部分を除き、当事者間に争いがない。

そして成立に争いのない甲第二号証、第四号証の一・二、第五号証の一ないし一七、原審における第一審原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三号証、及び右本人尋問の結果によると、第一審原告は本件事故により、頭頸部外傷症候群、腰部挫傷の傷害をこうむり、事故当日から昭和四八年七月一〇日まで、山内病院、佐治医院、関東労災病院等で通院治療を受けたが、症状の固定した昭和四八年七月一〇日の時点でも、自覚症状として、頭痛、めまい、両耳鳴、体のふらつき、頭部及び腰背部痛、左下肢の痛みを訴え、他覚的にも下肢等の知覚障害、下肢の腱反射亢進、右上肢筋力低下、閉眼起立不能、視標追従眼運動の異常所見等がみられ、関東労災病院において、これらは軽度の脊髄症状と頸神経根症状の合併型で、各症状からみて軽易な労働以外は無理で、右後遺症は障害等級七級に相当する旨診断されたことが認められる。

当裁判所もまた、原判決と同様、第一審被告の免責の抗弁は理由のないものと判断するものであつて、その理由は次のとおり付加する外は、原判決の理由と同一であるから、その説示を引用する(原判決七枚目裏一〇行目から一〇枚目表六行目まで)。

第一審原告は、第一審原告が停車せず、そのまま右へ転回したのであれば、第一審被告は急ブレーキをかけ減速したのであるから、第一審原告車は第一審被告車の直前を通過しているか、少くとも第一審原告車が右ステツプ及び前部右フオークの曲損をこうむることはありえない。また第一審原告が転回禁止規制に違反したとしても、本件事故からわずかに三〇分もたたないうちに右規制は解除される時刻であつたし、そのころ転回する先行車があつたことからしても、第一審原告において、本件現場が転回禁止区域であることに気付かなかつたとしてもやむをえないことであつて、第一審原告には過失はないと主張する。

しかし原審における第一審被告本人尋問の結果によると、第一審被告は減速こそしたが停車したわけではなく、依然として走行していたことが認められるから、第一審原告車が停止せずそのまま右へ転回しても、必ずしも同車は第一審被告車の直前を通過するとは限らず、しかも原審証人鮫島益雄の証言によれば、第一審原告車が停止しているところに第一審被告車が衝突したのであれば、第一審原告車のこうむつた右ステツプ及び前部右フオークの曲損はさらに深いはずであることが認められるので、第一審原告車が停止せずそのまま転回したのであれば、同車は右ステツプ及び前部右フオークに曲損をこうむることはありえないという第一審原告の主張は採用しない。

さらに右証人の証言によると、本件現場の転回禁止は午前八時から午後八時までの間であり、本件事故後三〇分もたたないうちに右禁止は解除されることになつていたことが認められるが、そうだからといつて、転回禁止時刻内に行われた第一審原告の右転回禁止の行為が許容されるものではなく、また右証言及び成立に争いのない乙第一号証によれば、本件現場には転回禁止の標識が、交差点のところと第一審原告の進行方向左側の事故現場の手前約一〇〇メートルのところに一個づつあつて、容易に本件現場が転回禁止行為であることがわかるようになつているから、第一審原告のいうとおり、仮に転回する先行車があつたからといつて、そのために第一審原告において、本件現場が転回禁止区域であることに気付かなかつたことはやむをえないことであるとすることはできない。

そこで進んで本件事故により生じた損害について検討する。

まず成立に争いのない甲第四号証の一、二、第五号証の一ないし一七、前掲甲第三号証、原審における第一審原告本人の尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第六号証及び右本人尋問の結果によると、第一審原告は前記通院治療のため合計五九万九、五三四円の治療費の外、交通費として合計二万一、八八〇円を支出したことが認められる。もつとも第一審原告は、本件事故以前昭和四五年一一月七日交通事故にあい、後記のごとく本件傷害とほぼ同一部位に傷害をこうむつたが、右傷害は後遺症こそ残したけれどもすでに治癒し、従つて右治療費等は本件傷害以前の右傷害とは関係がない。

次に前掲甲第二号証、成立に争いのない甲第七号証、及び前記本人尋問の結果によると、第一審原告は本件事故当時二級建築士の資格を有し、高田装工所の名称で大工を営み、請負所得から経費を控除した分を含めて、月収一九万四、〇〇〇円(年収にして二三二万八、〇〇〇円となるが、右本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、第一審原告は昭和四五年一一月の受傷にもめげず努力し、従前と同様の収入を得ていたものと認められる)の収入を得ていたが、本件事故のため休業を余儀なくされ、昭和四八年七月一〇日症状は固定したものの、従前の大工の営業ができないため転職すべく現在職を探していることが認められ、右認定を覆す証拠はない。すると、第一審原告の本件事故以降昭和四八年七月一〇日までの間の休業による損害は、二一九万八、六六六円(円未満切捨。以下同じ)となる。

さらに逸失利益につき考えるに、第一審原告が本件事故によつて頭頸部外傷症候群、腰部挫傷の傷害をこうむり、症状の固定した昭和四八年七月一〇日の時点で、障害等級七級と認定されたことは、前に述べたとおりである。ところが、成立に争いのない乙第五、六号証、第八ないし一〇号証、当審証人石塚隆士の証言、前記第一審原告本人尋問の結果、それに弁論の全趣旨によると、第一審原告は本件事故前、昭和四四年九月二七日と同四五年一一月七日の二回交通事故のため受傷したこと、昭和四四年九月の受傷は全治二週間程度の擦過傷であり、何ら後遺症を残さなかつたが、昭和四五年一一月の受傷は外傷性頭頸部症候群の傷害であり、自覚症状として、はき気、頸部痛、四肢の脱力、歩行下手、耳鳴、他覚症状として、後頭神経圧痛、頸部頂部背部筋緊張過多、自律神経機能の異常緊張、神経症的症状等の異常所見がみられ、東京労災病院において、細かい仕事や筋肉労働、能率を要求される仕事は無理で、障害等級九級と診断されたこと、そして昭和四五年一一月の傷害の部位と、本件傷害の部位とは同一であることが認められ、右証人の証言中右認定に反する部分は採用しない。

しかるところ、すでに交通事故による身体障害のある者がさらに交通事故によつて受傷し、同一部位に障害を受けた場合における逸失利益の算定は、新たな交通事故により、労働能力低下がさらに加重した場合に限り、その加重した限度においてのみこれをなすべきものと解するが、前掲証拠によると、第一審原告の昭和四四年九月の受傷はその程度が軽く、そのため労働能力が低下した事実は認められないけれども、昭和四五年一一月の受傷は前に述べたとおりの後遺症を残し、障害等級九級と認定されているから、第一審原告の本件事故による労働能力低下のための逸失利益を考えるに当つては、昭和四五年一一月の受傷による労働能力低下の事実を考慮にいれる必要がある。

そして障害後遺症による労働能力喪失の割合は、労働基準局長通牒別表の労働能力喪失率表によれば、障害等級七級の場合が五六パーセント、九級の場合が三五パーセントとされているので、すでに障害等級九級の者が重ねて受傷し傷害等級七級と認定された場合の労働能力低下の割合は、その差二一パーセントということになるところ、第一審原告は本件傷害の症状固定時の昭和四八年七月一〇日現在四二才であるから、その稼働年数は第一審原告主張の一〇年を下らず、右労働能力喪失率表によつて算出した労働能力低下の割合に、本件傷害及び前回の傷害の程度ならびに職業等を綜合して、第一審原告の本件事故による労働能力喪失の割合を二一パーセントとし、前認定の月平均一九万四、〇〇〇円を基本に、ホフマン式により年ごとに年五分の中間利息を控除して計算すると、逸失利益は三八八万四、一〇二円となる。

以上認定したところにより、第一審原告は総計六七〇万四、一八二円の損害をこうむつたものと認める。ところが当裁判所も原判決と同様、本件事故は当事者双方の過失により発生したものであり、その割合は第一審被告の過失三に対し、第一審原告の過失は七の割合にあるものと判断するものであつて、その理由は原判決の理由と同一であるから、その説示を引用する(原判決七枚目裏一〇行目から一〇枚目表六行目まで)ところ、これを第一審原告の前記損害額に按配すると、第一審被告の第一審原告に対して賠償すべき金額は二〇一万一二五四円とするのが相当である。

ついで慰藉料の額につき判断する。本件傷害の部位程度、通院の状況、後遺症の程度、年令、職業、過失の割合、ことに本件事故以前第一審原告はすでに交通事故による後遺症を有していたことその他弁論の全趣旨に照し、第一審原告に対する慰藉料は五〇万円をもつて相当と認める。

そうすると、第一審原告が第一審被告に対し請求できる金額は二五一万一二五四円であるが、第一審原告が本件事故につき自賠責保険から二五九万円を受領したことは第一審原告の自陳するところであるから、第一審原告は第一審被告に対して何らの請求権をも有しないこととなる。

最後に弁護士費用につき検討する。弁論の全趣旨によれば、第一審原告は本件訴訟の追行を訴訟代理人に委任し、その手数料及び謝金として五四万円を支払うことを約したことが認められる。しかしながら第一審原告が第一審被告に対し何らの請求権をも有しないことは右に述べたとおりであり、従つて本件訴訟の提起について、第一審被告は何ら責任を負ういわれはなく、第一審原告が自己の委任した訴訟代理人に手数料及び謝金を支払うのは当然であるけれども、そうだからといつてそれを第一審被告に請求することはできない。

二、よつて第一審原告の本件控訴を棄却し、第一審被告の本件控訴に基づき、右と異なる見解の下に本訴請求を認容した原判決は不当であるから、民事訴訟法第三八六条によりこれを取消し、訴訟費用の負担につき同法第九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺一雄 田畑常彦 宍戸清七)

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